私達の美意識というのは、何と偶然に左右されるものなのだろうと思います。何百年という歴史を経る中で、建物の壁に塗られた塗料が剥げて地肌が剥き出しになるということはよくありますが、当初その建物を設計し、作りあげていった人達にとっては、それは望ましくない姿なのかもしれません。しかし、現在それを見る私達にとっては、塗料が塗られている状態の方がむしろ想像しにくくまた醜いものに思えてしまう、ということはよくあることなのではないかと思います。例えば、創建当時の唐招提寺の外壁の木部は朱色に塗られていたという話を聞いたことがありますが、現在のように木の黒ずんだ地肌が見える方が私には美しいと思えてしまいます。同様に、イギリスのリンカン大聖堂の内陣(写真)も、かつて天井部分は天国を思わせる青色に塗られていたということですが、現在のように塗装が剥げてしまっている状態の方が渋みがあってよい気がします。あちこちで改修作業が進められているこの大聖堂でも青色の塗装を再導入しようという動きはみられないということから察するに、創建当時の姿を再現するよりは現在の地肌が剥き出しになった「渋い」壁面のほうがよいだろうというのは、補修に携わる人達の考えでもあるのでしょう。 |