NAOのシェフィールド日記
 
     


     
 
登れない山
2007/05/18

なぜエベレストに登るのかと聞かれて、「そこに山があるからだ」と格好よく答えたのはイギリスの登山家ジョージ・マロリーです。この発言は1923年のものらしいのですが、実はマロリーの母国イギリスでは、当時そこに山が有るからといっておいそれとは登れない状況だったというのは歴史の皮肉な裏話です。イングランドに限って言えば、最高峰は湖水地方のScafell Pike(標高978メートル)と日本で言うと裏山程度の高さ。私の住むシェフィールドから近いピーク・ディストリクト国立公園の最高峰となるともっと標高が下がって、約630メートルのKinder Scoutということになります。そしてこの山の「低さ」こそが、山に登れない状況をつくっていた当の原因だったのです。

つまり、山が低いために山の頂上に至るまで牧草地や狩猟地としての有効利用が可能であり、そのため私有地として囲われてしまっているという訳です。ですから、かつてKinder Scoutに登ろうとする場合には、所有者の許可状が必要でした(仮に許可無しで登山して見つかった場合には暴行を受けたり逮捕されたりすることもあったそうです)。山に登りたくてもおいそれとは登れない状況を打破するために、1932年にマンチェスターの労働者約400名がKinder Scoutに不法侵入するという政治行動を起こし、その結果逮捕者などもでましたが、段々と市民の「歩く権利」が整えられる契機となったということです。現在イギリスでは、私有地の中であったとしてもPublic Footpathと呼ばれる歩道が設けられている場合には立ち入ることが許されていますし、漸く2000年になって「アクセスランド」として指定された土地については私有地であってもその中を自由に歩き回ることができるという法制度が整いました(どこが「アクセスランド」かは地図上に明記されています)。しかしまだ登ることのできない山や丘というのは国内に散在しているので、登山者の権利獲得の運動はまだ止むことがないようです。

 
     


     
 
イギリス貴族の生活
2007/05/18

シェフィールドからバスで1時間位のところに、デヴォンシャー公爵家の邸宅チャッツワース・ハウス(Chatsworth House)があります。先月、まだスイセンの花が咲いていた頃、その敷地に広がる庭園を見学しに行ってきました。ちょうどピーク・ディストリクト国立公園の中にあり、一番近い村からも1キロほど離れている隔離された場所に邸宅は建っています。現在も貴族の暮らしというのは豪壮なものなのだと思いますが、膨大な財産税に対処するため入場料をとって邸宅を公開せざるを得ないため、私達もちょっとだけ貴族の暮らしを垣間みることができる、という訳です。かつて今よりももっと交通の便が悪かった時代に、こんな田舎に住んでなにが楽しかったのだろうと思いますが、娯楽を求めて街に出るというよりは、娯楽を自分の手元に呼び寄せる生活を送っていたのが貴族というものなのでしょう。たとえば、庭園には写真のような巨大迷路状の空間が設けられていたりとなかなかスケールが大きいのです。今回は邸宅の内部は見ませんでしたが、話によると第一級の芸術品で溢れかえっているそうです。

 
     


     
 
窓の外の景色
2007/05/14

この一か月で劇的に私の部屋の窓から見える景色が変化しました。木々から一斉に若葉が生えてきたのです。かつて冬の間は奥のほうに見えていた建物が、緑に覆われて見えなくなってきました。左の写真は4月11日に撮った写真。そして右は今日5月14日に撮ったものです。この自然の活力が示すのは、イギリスもそろそろ春から初夏に入ろうとしているということなのでしょう。そうしてあと2か月も経つと1年の周期がめぐり、私のイギリス滞在も終わりとなります。

 
     


     
 
続き
2007/05/14

最後に一つ、剥げつつある塗装を持つ教会を紹介します。それはロンドンのウェストミンスター寺院です。この教会は王室とゆかりが深く、英国王の戴冠式が行われる場所として有名です。一見、優美な白亜の外見をしていますが、よく細部を見ると、この白さは塗装によるもので、ところどころ塗装が剥げてきて茶色い砂岩の地肌が姿をあらわしてきているのが分かります。興味深いのは、なぜ茶色の外壁でよしとせずに白い塗装が塗られているのかという点です。リンカン大聖堂もそうですが、イギリスの教会は砂岩や石灰岩で建てられていることが多いので茶色の外壁をしたものが多いです。それをなぜ「隠して」白く塗ったのでしょうか?

これは全くの想像ですが、おそらく19世紀にゴシック建築の復興運動が起るまでは、尖塔を持ったその建築様式だけではなく、その色(つまり茶色)も野蛮なものとして捉えられてきたのではないかと思われます。白い建築の方が、優美で、古典的で、そしておそらく高級だという感覚があったのではないでしょうか。だからこそ、格式の高い教会であるウェストミンスター寺院は白く塗られているのではないか、と。また調べてみてこの件について何か分かりましたら再度レポートします。

 
     


     
 
続き
2007/05/14

創建当時のリンカン大聖堂はどのような姿をしていたのか想像するときに参考になるのが、ローマのサンタマリア・ソープラ・ミネルヴァ教会です。この教会はローマで数少ないゴシック様式のものなのですが、天井部分は現在でも写真のように青色に塗られています。おそらくリンカン大聖堂もかつてはこのような姿をしていたのではないかと思われます。

 
     


 
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